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政治・国際問題

【5分で分かる時事!】ウクライナの悲惨な歴史。実は核爆弾保有国だった?!ロシアとは?

ウクライナの歴史

2022/2にロシアから核爆弾で脅され、軍事侵攻までされているウクライナ。

ここまで隣国のロシアが強きに出れるのはウクライナが核兵器を

保持していないことが理由の1つです。

しかし、ひと昔前ウクライナは核を保有していたという事実を知っていますか?

もし、ウクライナが核を保持したままだったら、

今回のような侵略戦争は起きなかったと断言できます。

では、なぜ核を放棄したのか?

そこには大国の身勝手な思惑とウクライナ政府の愚かさがありました。

ウクライナとは?

ウクライナはロシアと隣国をなす大きな領土の国です。

かつてのソビエト連邦の一部でしたが、

ソビエト解体後、独立しウクライナとなりました。

冷戦終結後長らく、アメリカにもロシアにもつかない中立国でしたが、

ロシアのジョージア侵攻をきっかけに新欧米政権になりました。

※東部はロシア系住民が多く、親ロシアに人が多い。西部は逆に親欧米の人が多い。

歴史

1932年 ソ連によるホロドモール(大飢饉)※が起きる

1954年 ソ連領だったクリミアが割譲される

→これは表向きはソ連とウクライナの友情を演出するためと言われている。

※クリミア半島はロシア系住民が多い

1986年 チェルノブイリ原発事故

→世界最大の原発事故。被害地域には約220万人が住んでおり、甚大な被害が発生した。

1991年 ウクライナの独立

1994年 核兵器の放棄

世界3位規模の核兵器を放棄

2014年 クリミア危機、マイダン革命

→ウクライナで親ロシアの政権が反ロシア・親EU勢力に倒される。

これをうけ住民の大半がロシア系住民のクリミアでは大きな反発が起き、

クリミア自治共和国独立の動きが一気に高まりました。

ロシアもそれを支持し、

同年3月にクリミア自治共和国議会とセバストポリ議会は

独立を宣言。

すぐさまロシアはクリミアを自国領に編入する条約を結び、

クリミアの海軍拠点を占領しました。

事実上ロシアがウクライナを「侵略」した形となり、国連、EU諸国、

米国などはこれを非難。

マイダン革命とは?

別名:ウクライナの騒乱、尊厳の革命

ウクライナはソ連崩壊後、国内では汚職や経営管理の誤りなど

多くの問題を抱えていました。

当時のヤヌコーヴィチ大統領はEUとの関係改善を模索し、

EUとの連携協定の署名をする直前まで行きました。

しかし、最終的に大統領が署名を拒否し、白紙になりました。

このEUとの協力は先送りさせ、「冬を越す」のを最優先に考えることに

なりました。

これにより、ロシアとの関係強化につながったのです。

しかし、これに対し、反政府デモが起きました。

結果的に治安部隊は機能しないで、クーデターが起きました。

これがマイダン革命です。

ウクライナで起きたマイダン革命とは?【わかりやすく解説】 – YouTube

真相

実はこのクーデターを支援していたのは’米国’だったのです。

活動的な抵抗グループのリーダーには1日200ドル。

お金は外交ルートを通じてキエフの米大使館に流れ、

そこからNR(非政府組織)の「スヴォボダ」と「ファザーランド」の中央事務所へ

流れています。

当時のライブ映像から

テロリストのデモ隊こそが終始流血の惨劇を引き起こしたのであり、

治安部隊は人並外れた忍耐力と体力で攻撃に耐えていた状況がわかります。

クリミア問題の背景

2014年にロシアが武力行使をし、ウクライナのクリミア半島を

不法占拠する事態が起きました。

西側諸国をはじめとする国際社会はこれを強く非難しました。

しかし、クリミアの住民はロシア領となることを望んでいました。

なぜか?

そこには歴史的な背景があります。

1991年にソ連からウクライナが独立すると、

クリミアは「クリミア自治共和国」と「セヴァストポリ特別市」として

ウクライナに帰属します。

半島の住人の半数以上がロシア人だったことから、

ロシアへの帰属を求める声が高まるのです。

ただこの動きを後ろ盾していたロシアが手を引いたために、

クリミアの独立運動は一時沈静化しました。

クリミア問題が再燃したのは、2014年のこと。

2月18日に首都キエフで「ウクライナ騒乱(マイダン革命)

といわれる運動が起こります。

当時大統領だった親ロシア派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチに対して、

親EU派が抗議をし、ヤヌコーヴィチはクリミア半島に亡命します。

2月27日、クリミア半島で親ロシア派の武装勢力が蜂起。

数日で議会、空軍基地、空港などを占領しました。

3月2日にはウクライナ海軍が投降し、ロシアに本部を明け渡します。

翌日からロシアは、「ロシア系住民の保護」を理由に軍を投入。

3月16日には「ロシア編入の是非を問う住民投票」が実施され、

96%を超える賛成多数で可決。

翌3月17日にクリミアはウクライナから独立し、ロシア編入を宣言しました。

ただウクライナは、ロシアへの編入は憲法違反だと主張。

現在の状況を「占領」だとし、他国も巻き込んで係争状態が続いています。

ホロドモールとは?

1932年にソ連がウクライナに行った人為的な大飢饉です。

死亡者の推定は約300~600万人。

当時ソ連の指導者だったスターリンは社会主義国の工業化を目指しており、

ウクライナに住む人々を都市に移住させ、

工場労働者とした。

しかし、ウクライナは「穀物の倉庫」と呼ばれるほど、

農業が盛んであり、反発する人も多かった。

スターリンは抵抗する人はシベリアに送ったり、必要以上の徴収をし、

農家の人たちが生活に必要な食糧すらかっさらっていきました。

結果、政府に農作物のほとんどがとられ、食料が底をつき、

大規模な飢饉を起こしました。

スターリンはウクライナ人を元々敵視しており、人為的に大粛清を行ったと

言われています。

なぜ、核放棄を決定したのか?

理由として2つあります。

・米国がウクライナの安全保障を約束

・領土の安全性、独立的主権が保障

米国・英国・ロシアなどがウクライナに経済制裁という圧力をかけて、

ブタペスト覚書を締結させました。

しかし、これは条約よりも弱く、法的拘束力もありません。

また、当時のウクライナ政府は核兵器をロシアにすべて渡しただけでなく、

核兵器の発射場もすべて破壊しました。

発射場だけでも残しておけば、それだけで抑止力

となるのが国際的に通例です。

それもすべて破壊した当時のウクライナ政府は

国際観が欠如していたと言わざるを得ません。

しかし、2022/8/11現在、ロシアによるウクライナ侵攻が続いています。

安全保障を約束していはずのロシアがなぜ攻めてきたのか?

アメリカやイギリスがなぜウクライナを守るという約束を反故にしたのか?

↓の記事で詳しく解説しています。

【5分で分かる時事!】ウクライナ侵攻とは?いつから?ロシアの狙いは?戦争?理由は?地図のどこ?
ウクライナ侵攻 2022年、ウクライナ情勢は張りつめています。 それは2014年にロシアが強行したクリミア併合と密接な関係があるのですが、 クリミア併合についてはまた次の記事で解説します。 今回はどうしてウクライ...

なぜ今、表記変更?

2022年3月下旬、日本政府はウクライナの首都の「キエフ」の

表記をウクライナ語に近い「キーウ」に変更する方針を固めました。

同様に、北東部に位置する第2の都市「ハリコフ

を「ハルキウ」に変更します。

南部の「オデッサ」も「オデーサ」、「チェルノブイリ」

も変更する案も出ています。

既にウクライナ側と調整が済んでいます。

ウクライナをめぐって国際的に名称を変更する動きが出てきていることへの対応。

これにより、ウクライナとロシアを差別化する狙いがあります。

断交した国

2022年7月13日、

ウクライナ政府は北朝鮮との断交を発表しました。

理由は

「北朝鮮がドネツク人民共和国の国家承認をした」

からです。

ドネツク人民共和国とはどこなのか?

その場所はウクライナの東部↓

ウクライナのドネツク州と呼ばれているところです。

つまり、ドネツク人民共和国とはウクライナの一部なのです。

それなのに、どうして国家承認が必要なのか?

それはウクライナ侵攻により、ロシアが一方的にドネツク州を実行支配

しているからです。

ロシアはウクライナのドネツク州を国家として認め、

ロシアの友好国である北朝鮮も国家として認めました。

この行為はウクライナの一部がロシアのものである

と認めたことになります。

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